週刊セブ島留学&起業日記(第14回)




 

前回からの続き(私の日本時代を綴ります)。

 

実は私が以前働いていた会社には、数人の外国人社員がいた。アメリカ人、スコットランド人、イタリア人。そして、英語が話せる社員も多数。更に、クライアントも外資系やや多め。何故か「英語縛り」の会議に巻き込まれることもしばしば。CCに英語のメールが入ってくることなど日常茶飯事。

 

一方、私生活においても、なぜか英語が話せる友人ばかり。中には帰国子女もいたが、基本的には皆、社会人になってから必要に駆られて英語を習得したタイプ。飲み会とかやってると、「あれ、こいつも英語話せる」「あいつ、そういえば去年までアメリカにいたよな」とか、もうどこに行っても「英語攻め」に遭っていた。いま思い返してみると恵まれた環境に見えるが、当時は拷問以外の何物でもなかった。

 

さて、ポイントはこの状況をどう捉えるか。一般的には、「英語はただのツール」、「英語ができても仕事ができなければ意味はない」と言う人は決して少ないくないと思う。もしかすると、多数派かもしれない。私もこのように受け止めて、「英語から距離を置く」という選択肢も勿論あったのだが、私の場合、少々事情が違った。というのも、私の周りにいたのは、

 

英語もできて、仕事もすごくできる人たち

 

もうこうなると、言い訳すらできなくなる。彼らの大半はやはり「非帰国子女」であり、業務上の必要に駆られて英語を習得した方々。決して発音は格好良くなくても、ビジネスにおいて十分にコミュニケーションを成立させることができる。そして、英語のネイティブ・スピーカーも、日本人に対してネイティブのような英語を求めることはしない。彼らが求めるのは、中身。英語で言うと、substance。しっかりとした内容を、はっきりと伝えることができれば尊敬を勝ち取ることだって難しいことではない。そして、不運にも(幸運にも?)それができる日本人ビジネスマンに、私は何人も出逢ってしまったのだ。

 

ヤバい、と思った。

猛烈な劣等感が全身を覆った。

 

そして、さらに私に追い討ちを掛けたのが「海外コンプレックス」。当時から、私は頻繁に海外旅行には出掛けていたが、それはあくまでも旅行。「海外に住むこと」と「海外旅行することは」は、全くの別物なのだ。次元が違うと言っても過言ではない(いまだから言えますが)。そして、私の周囲にいた英語スピーカーの方々は、ほぼ皆さん、海外在住経験を有していた。そして彼らとの会話でちょいちょい顔を出す「海外経験談」は、私にとって非常に興味深いものだった。彼ら自身が何割増しにも魅力的に見えたものだ。海外在住経験者や外国人との輪に加わった時に、感じた疎外感。

 

みんなが当たり前に経験していることを自分は経験していない。

 

こうした事実に「真正面から」向き合うようになったのが、30代中盤。そして、30代中盤などまだまだ若造。何だってできる。いまなら十分に間に合う。そこで、この「英語劣等感」「海外コンプレックス」を克服するために思いついたのが、

 

一番厳しい環境に身を置くこと。

 

自分では当時気付いていなかったが、今になって自分が「かなりのドM」だということを思い知らされる。そして、当時見つけた「一番厳しい環境」こそ、

 

海外MBA(経営学修士号) ~ すべて英語の環境で修士号を取る
そこで英語をマスターし、同時に海外在住経験も積む

 

こうして、当時37歳の2007年の6月から半年間、私は徹底的に英語を勉強した。大学受験以来の英語の勉強、しかも激務の仕事と格闘しながらの苦闘であった。

 

まず、誤解無きよう書いておくが、私の仕事は非常にやり甲斐のあるものだった。そして、私に本当に多くのことを与えてくれた。32歳で転職してからの10年間馬車馬のように働いた経験は、いまでも人生最大の財産だと思っている。しかし、30代も後半にさし掛かるにつれ、仕事が面白くなくなっていったのだ。その理由は、

 

大概のことはできた、から。
もっと正確に言えば、「本気でやれば」大概のことはできた、ということだ。

 

以前書いた通り、私がやっていたプロジェクト・マネジメントという仕事は非常に難度の高いものだった。常に、ソリューションの提供を求められ、自分ではプロマネ(PM)と自分を呼んでいたが、クライアントからは「コンサルさん」と言われることの方が多かったように思う。また、私は会社の要職にもあったので、社内のマネジメントという、これまた非常に高度な仕事と常に対峙していた。

 

それでも、「本気モード」のスイッチを自分に入れれば、概ね上手くやってのけることができた。しかし一方で、「本気モード」のスイッチを常に入れ続けることは簡単なことではなかった。むしろ、それは辛く厳しいことだった。更に、ビジネスのデジタル・インフラが充実するにつれ、どこでもいつでも仕事ができるようになると、24時間365日、逃げ場が無くなっていきた。そうすると、「本気モード」のスイッチを入れなければいけない時間が、どんどん長くなっていったのだ。どんどん疲れ、疲弊し、消耗していった。いつしか、これをずっと続けるのはキツイな、と思うようになったのは決して不思議なことではない。

 

一方で、仕事は残念ながら楽しいことばかりではない、ということも十分に知っていた。極端な話、90%辛くても10%のキラキラ輝く瞬間を体験することができれば、私は頑張れた。そして、その過程で多くのことを学ぶこともできた。しかし、次第にその10%の充実感も得られなくなっていったのだ。

 

というのも、大体のことが「読める」ようになっていたのである。
語弊を恐れずに言えば、先が読めた。
要は、(仕事上)他人が考えることが大体分かるようになったのだ。

 

社会に出ると、上司や先輩の背中を見ながら、時には上司に教えてもらい、時には先輩のスキルを盗んで、自分のスキルを上げていく。また、クライアントとがっぷり四つに組んで、逃げずに付き合うことで強固な人間関係を築くことができる。そこから多くを学ぶことができる

 

考えてみて欲しい、大卒であろうと高卒であろうと、社会に出て約20年間、ほぼ同じ環境でずっとこれを繰り返していれば、大体のことができるようになる方が普通なのだ。私は正直、何歳になっても上司に怒られている人を見て、不思議でならなかった。私たちの世代は、学校を卒業し約20年間もの間、上司と先輩の後を追いかけてきたのだ。

 

20年。20年って途方もなく長い時間だ。20年も年上の人たちと付き合っていれば、彼らがどういう思考回路で考え、どういう癖があり、何が好きで何が嫌いかなんて、理解できない方がおかしいと思う。だから、私はこの章の冒頭で語弊を恐れず、「大概のことはできた」と書いたのである。そう、それは相手が考えることが大体読めたからだ。

 

そうなると、仕事は楽になるが、面白くはなくなってくる。刺激が足りなくなる。新しい発見とか、あっと言わされることが極端に減っていき、次第に仕事が面白くなってしまう。

 

私は自他共に認める仕事人間だ。ワーカホリックと言っても良い。人生において仕事と向き合う時間の占める割合は非常に多く、仕事こそ自分に多くを与えてくれるものと信じている。実際に、私は仕事を通して、本当に本当に多くのことを学んできた。そんな私にとって、「仕事がつまらない」というのは危機的な状況だった。だから、辞めようと思った。人生のターニング・ポイントと決めた40歳までに会社を辞めようと決心した。そして、これまで付き合ったことのないタイプの方々と仕事をしたいと思った。

 

まずは、外国人。そして、それまで仕え学んできた「年上の方」からは卒業して、若くてセンスの良い「年下の人」から学ぼうと決心した。これは本当のことだ。後付けの理論ではない。いつしか、私は年下から学ぶことに抵抗を感じなくなっていた。これは、Facebook等のソーシャルの力によるものかもしれないし、実際に前職時代に年下の後輩・部下から「なるほど」と度々思わされた経験によるものかもしれない。

 

随分長々と、しつこく書いてしまったのでここで少し整理したい。

 

徹底的に仕事と向きあうことで、いつしか仕事に充実感を覚えなくなった
(これをステージのクリアと呼ぶのか)

・20年間背中を追ってきた年上から 年下へのシフトを思い立った

・仕事は人生で最も大切なものの一つ
仕事から学び続けるために、これまでとは全く異なる環境に自分を置きたい

 

そして決断したのが、MBA留学 → 海外移住だったのだ。

 

MBA留学のため日本を出た2012年8月時点で、当面は日本に帰るつもりはなかった。そして、これを書いている2018年9月現在、私はフィリピンのセブ島にいる。

 

次回へ続く。

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。



 

1、今週の質問コーナー

Q1, 初のフィリピン留学、失敗しました。

Q2, フィリピン生活 時には譲ることも必要?

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

フィリピンの工事の酷さとトロさ

 

3、今週のセブのレストラン

セブ・ホワイトサンズ Room 801

 

4、今週買ったもの

『カリフォルニア産 生クルミ LHP (無添加 無塩) 1kg チャック袋入り アシストフード』

 

5、筋トレ

1ヶ月半で15キロ痩せた女子高生の話

 

5、経済&投資

自民党総裁で馬鹿が露見した石破と進次郎

 

 

本編は下記のバックナンバーでお読み下さい。

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週刊セブ島留学&起業日記(第13回)




 

最近「KGって何者?」「KGさんの経歴教えて下さい」という問い合わせをチラホラ頂くので、私が英語を勉強するに至った経緯や海外生活に踏み切った理由などについて、物語風に語ってみたいと思います。

 

実は、拙著に詳しく書いてあるんですけどね。

「37歳 / 半年でIELTS 6.5  42歳 / 英国MBA留学 を実現した英語勉強法: まだ間に合う! まだ変えられる!! アラフォー・オヤジの等身大の体験談 Kindle版」
https://goo.gl/igxo5F

 

それでは、始めます。興味のない人は飛ばして下さい。

 

2012年の8月1日にイギリスに渡ってから、かれこれ6年2ヶ月が経とうとしている。渡英してから2013年の9月までの14ヵ月間をイギリスで過ごし、その後の5年弱をここフィリピンのセブ島で生活している。いわゆる「海外移住」というやつだ。「海外移住」、この言葉にはどこか甘美な響きあり、憧憬に似た感情を掻き立てる力がある。

 

引退後は海外に移住してのんびり、こんなことを夢見る人たちも多い。しかし、海外移住は既に「夢」などといった遠い存在ではない。もはやハードルが高い目標ですらない。極端な話、明日からとは言わないまでも、「思い立って1ヵ月後」からだって十分に実現可能な「一つの選択肢」に過ぎない。かれこれ6年に及ぶ海外生活をしている身からすれば、何も難しいことはない。家の近くのコンビニにスキップで買い物に行くくらい簡単なことだ

 

ほんの少しの勇気があれば。

 

今回から数回に渡って、「海外移住」というテーマについて書いてみようと思う。私がどうして海外に出たのか、海外に出る前は日本で何をしていたのか(決して怪しい者ではありません)、イギリスの生活はどうだったのか、一体セブで何をしているのか、海外移住は私に何をももたらし何を私から奪っていったのか、海外生活は楽しいのか。

 

そして、

 

40代前半というキャリア真っ只中で日本を飛び出して、本当に後悔していないのか?

 

こうやって言葉に落としてみると、想像した以上に壮大なテーマであることに気付いて少々気圧された感じになる。しかし、自分自身の整理にもなるので、ここは気合を入れて書いていこうと思っている。といっても、そんなに小難しいことを書くつもりはないので、気軽にお付き合い頂ければありがたい。

 

働いて働いて働いた30代

 

私は2002年の10月から、2012年の6月までの約10年間、プロジェクト・マネジメントの会社に勤めていた。プロジェクト・マネジメント(PM)という言葉はIT業界の用語に思われがちであるが、私がPMをしていたのは建設業界である。Fee契約に基づくプロジェクト・マネージャーが、顧客の代理人として、または右腕として頭脳として、建設プロジェクトを仕切っていく。多くの専門業者を束ねて、文字通りマネジメントして、プロジェクトを成功に導くのがPMの責務。

 

簡単な商売ではない。目に見えるモノを売るわけではなく、無形のサービスを売る。

 

しかも、日本ではまだまだこうしたビジネスは一般的ではなかった。むしろ、傍流というか異端ですらあった。だから風当りも強い。しかし、「従来のやり方を変えたい」という経営者にはウケた。なんでも丸投げの時代は終わった、更なるコスト削減を図りたい、頼れるパートナーが欲しい、という会社から順調に受注を伸ばしていった。2012年に私が退職した頃で約180名規模の会社であったが、超有名企業からの発注も多い優良企業であった。ジャスダックの上場企業でもある。

 

そんな会社の中で、私の出世は早かった(いまや、出世という言葉すら死語に聞こえるが)。38歳か39歳で執行役員になった。大きく分けて2つの事業があったのだが、その片方の責任者として最後の数年は過ごした。だから、正直、待遇も悪くはなかった。幸か不幸か、当時独身であった私に(恥ずかしながら今でも独身です)、経済的な問題など何一つなかった。他人様より少し贅沢させて頂いても、痛くも痒くもなかった。

 

やり甲斐のある仕事

上場企業の役員というステータス

必要十分な収入

恵まれた出会いと人間関係

 

こんな私がなぜ全てを捨てて海外に出たのか(あくまでも、サラリーマンの中では『悪くはない境遇』にいたという認識)。友人・知人からは「もったいない」「どうして?」という言葉を何度もかけられた。心配してくれたみんなには本当に感謝している。

 

でも迷いは無かった。

 

当時の自分に全く満足などしていなかった。

 

やばい、このままではやばい。

 

そう、私を突き動かしたのはまさにこれ、危機感。この圧倒的な危機感こそが、私が日本を出た唯一にして最大の理由である。

 

実は30代中盤頃から「40歳」という年齢を強く意識していた。人生80年の時代。そう考えると40歳はちょうど半分、まだ半分、たかが半分。ストレートの大卒が22歳で社会に出て、60歳の定年まで働くとして(あくまでも仮定の話)、働くのはたった38年間。そして、その中間地点は41歳。そう、ますます40歳という年齢の重みが増してくる。そして、ある尊敬する経営者の方から言われた一言、「40歳って人生のターニングポイントじゃね」。

 

前職では、私は要職に就いていた。何から何まで責任を負う環境の中、最大の責務の一つは人の採用。年間500通以上の履歴書に目を通し、週平均2人の採用面接を行っていた。そうした過程の中でいつも思っていたこと。それは、「どうして同業種、同業界からの転職ばかりなのか?」ということ。例えば、20代後半の人が、たった数年のキャリアをベースに、自分を○○屋と定義する。大学の建築学科を出て建築設計事務所に5年間勤めたから、自分は設計士。確かに、その通りと言えばその通りなのだが、私にはしっくりこなかった。

 

人間は間違える。何歳になっても過ちを犯す動物。そして、成長する。変わる。たかが20代で、ほんの数年のキャリアで自分を定義してしまってもいいのか?勿論、その仕事が好きなら良い。それは素晴らしいことだ。しかし、自分の仕事が好きで好きで毎日仕事をしている人ってどのくらいいるのだろうか。勿論、「好き」と「やり甲斐」は違うし、生活もある。誰もが、「好き」を仕事にできるわけではない。

 

作家の百田尚樹さんがこんなことを言っていた。「好きなことを仕事にしたいなんて考えはおかしい。好きなことは、自分でお金を払って得るものである。好きなことをしてお金を貰おうなんて、少し虫が良すぎはしないか?」。確かに一理あるように聞こえる。しかしながら、私は百田尚樹さんの大ファンであるが、この言葉にはあまり説得力を感じられない。百田さん自身が、どう見ても楽しそうに仕事をしているのだから。

 

もう一人、私が尊敬するホリエモンも(ホリエモン、誤解を招きやすい人ですが素晴らしいです。騙されたと思って、彼の最近の著書を一冊読んでみてください)、「好きなことやったほうが良いよ」といつも言っている。その通りだと思う。しかし、私はここで「好きなことを仕事にすべきだ」と言っているのではない。そんなことを言うつもりもないし、偉そうに言う資格もない。ただ私が言いたいのは、長い人生の中のたった数年の、人生の数分の一にも満たない年月のキャリアで、自分を定義してしまうのは危険ではないのか、少し勿体無いのではないか、ということなのだ。

 

私は30歳代後半にこうした考えを持っていた。更に、「文系出身」ということで何の専門性もなく、手に職もない。だから、40歳を超えてから、それまでのキャリアとは全く畑違いの仕事をすることに、一切の抵抗を感じていなかった。というよりも、「全然違うことがしたい」という熱い強い想いを持っていた。

 

そんな私にとって、イギリスでMBA(経営学修士号)を取得した同級生が(私は42歳の時に英国留学している)、留学前と同じ業界に戻っていく姿は、私に「どうして?」という疑問を投げかけた。勿論、社費留学の人が元の会社に戻るのは仕方がない。しかし、それ以外の人たちは、人生の幅を広げたくて、それまでの環境では得られない体験を得たくて、異国の地イギリスに行ったはずなのだ。せっかく得た「自分を再定義する機会」を放棄してしまって本当にいいのか。私にはそう思えてならなかったのだ(もちろん、彼らにはそれぞれ事情があったのだろうが)。

 

いつしか私はこのような考えを持つようになっていた。先ほども書いた通り、自分を強く定義できる専門性が無かったからこういう考えに至ったのかもしれない。いい年して自分が定まっていない、良い言い方をすれば極めて柔軟。そう、こんな柔軟な思考を持ち合わせていたからこそ、30代後半で感じ始めた「危機感」を無視できなくなり、それらが日に日に自分の中で増大していったのかもしれない。

 

少し整理してみると、こういうことになる。

 

40歳を人生の転機と強く意識していた。
人生の後半半分は、前半とは全く違うことをしたいと思っていた。

そして、そんな思想を持った私を3つの危機感が襲った。

 

その危機感とは、

 

1.英語ができないとやばい。このまま英語ができないと大きな損をするのではないか。

2.仕事が面白くない。大体のことはできる。ずっとこれをやり続けるのか。

3.遊んでもいても面白くない。十分遊んだ。やばい、飽きた...

 

そう、この3つの危機感こそが、私に海外移住を決意させた要因なのである。

 

次回へ続く。

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。

 




 

1、今週の質問コーナー

Q1, ドイツ語学習でできなかったことに英語学習でチャレンジします。

Q2, フィリピン人スタッフとの報・連・相

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

フィリピンの役所のいい加減さに辟易

 

3、今週のセブのレストラン

Scape Skydeck(スケープ スカイデッキ

 

4、今週買ったもの

『奇跡が起こる半日断食―朝食抜きで、高血圧、糖尿病、肝炎、腎炎、アトピー、リウマチがぞくぞく治っている! (ビタミン文庫)』

 

5、筋トレ

セブ英語倶楽部「筋トレ部」に女子大生3名入門

 

5、経済&投資

日本が好景気であることのエビデンス

 

 

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週刊セブ島留学&起業日記(第12回)




フィリピンで大人気のズンバ。人気も定着し、既にフィリピン名物と言ってもいいくらいセブでも多くのショッピングモールの1階で、定期的にスンバイベントが行われています。なぜショッピングモールの1階かというと、フィリピンは暑くて外では踊れないから。そして、フィリピン人のみならず、多くの留学生も「痩せたい!」という思いのもとズンバに参加します。

 

私はよく「ズンバって痩せますか?」と聞かれるのですが、いつもこう答えています。「ズンバを踊っている人の体形見てごらん」と。そう、ズンバで痩せるかどうかは、結果を見れば簡単に分かるのです。そして、毎週ズンバに参加している人の体形がその結果です。8割、少なく見積もっても7割以上の参加者はお腹ポッコリなんです(笑)。

 

ズンバに興味がある人はコチラ。

ZUMBA WITH INSTRUCTOR EMMA, CEBU. PHILIPPINES
https://www.youtube.com/watch?v=A_EGp7l8GZ0

 

「聞き流すだけで英語がペラペラになる」という誇大広告で有名なス◯ードラー◯ング。これについても「あの教材効果ありますか?」という質問をたまに受けます。問答はいつもこんな感じです。

 

私:友達や知り合いで、ス◯ードラー◯ング使ってる人います?

質問者:はい、2~3人いますよ

私:その人たち、英語話せますか?

質問者:いえ。

私:それが結果ですよね。

 

そういえば、私にもス◯ードラー◯ングを全巻持っている友人が一人います。その人の英語力?スミマセン、それ聞かないで下さい(苦笑)。

 

人は最短距離を走りたがります。「一番◯◯なのは何ですか?」という質問の多さが、それを裏付けています。多くの人が、こういう質問しますよね。もちろん、質問することは素晴らしいことなのですが、他人に聞く前に、自分で解決する能力を身につけなければこの厳しい世の中では生き抜くことはできません。「自分で解決する」を、「自分で調べる」とか「自分で体験してみる」と言い換えても良いでしょう。

 

私はセブのビジネスについて、よく問い合わせのメールを頂くのですが、正直この人では無理だろうな、と思うタイプの人が多いですね。そんなのググれば分かるじゃん!という質問の多いこと多いこと。それから、私のブログを読んで頂ければ詳しく書いてあるようなことを聞いてくる人もいます。更には、「セブで起業したいんです」と言っておきながらセブに一度も来たことがない人とか。もう、ここまで来ると笑えてきますよね。

 

ちなみに下記が私の個人ブログ。

「セブ島で現地ビジネス(ホンネの話)」
http://cebuapprentice.com/

 

これは、極端な例ですが「最近のフィリピン・ペソのレートってどんな感じですか」という質問をしてきた人までいます(苦笑)。いやいや、そんなのグーグル先生に聞いて下さいって感じですよね。しかし、「セブ生活=修行」と位置付けている私は、どんな問い合わせにも必ず返信をするのです。この時は、ヤフー・ファイナンスの日本円・フィリピン・ペソのページのURLを送って差し上げました。自分を神かと思いましたよ。しかし、その方からは何の返信もなし。悲しいですよね。こういうのがどれだけ悲しいことか、残念ながら分からない人がいるのです。

 

スミマセン、話が逸れました。今日、私が書きたいのは、「結果」や「現象」を見れば効果は分かるということ。そして、その「結果」や「現象」を発見することは決して難しいことではないということなのです。

 

この商売をしていると、フィリピン留学と欧米留学の差についてよく聞かれます。ここでは例えば、カナダ留学との比較としましょう。私は質問を受けるといつも通り、「カナダ留学したことのある知人や知り合いはいますか?」と聞きます。次に「彼らは英語を流暢に話せますか?」と質問します。こうして、カナダ留学の「効果」を推し量ることができるのです。もちろん、サンプル数は少ないので、この結果を盲目的に絶対的に信じることは危険ですが、少なくとも「推し量る」ことはできます。

 

そして、「もしかしたらあまり効果はないのかも?」という注意を持って新たな情報に接することができれば、騙されることもないと思うのです。そうすれば、「情報弱者」から一歩抜け出せるかもしれません。

 

私はここでカナダ留学をディスるつもりはありません。カナダ留学で英語ができるようになった人もたくさんいるはずです。しかし、「授業はすべてグループ授業」「グループ授業は講師1人に対し最大生徒15人」という情報を聞くと、簡単には楽観的にはなれないのです。そして、カナダに「語学留学」した人で、英語を流暢に話す人が私の周りにはいないという厳然たる事実があります。これで、「単に」カナダ留学するだけでは英語は伸びない、ということが明白に分かりますよね。まあ、これはフィリピン留学にも言えることですね。

 

とにかく情報に踊らされないことです。「正しい情報」は意外と身近なところに転がっています。極端な話、目を開ければ目の前に「結果」が広がっているかもしれません。

 

【REBORNワーホリ】留学会社が語らない悲惨な日本人の結末
https://www.youtube.com/watch?v=nZs2cGNsBdc&t=1142s

 

上記はなかなか良い動画です。時間のない人は、5:20~少し見てみてください。「1年留学して英語力は伸びているか」という質問についてズバッと切り込んでいます。ちょっとググれば、こんな良質な情報にだって簡単に辿りつけるのです。

 

今週の私のグループ授業は脱線のオンパレードでした(反省)。大学生の留学生に対し、日本経済や国際情勢等について滔々と語ってしまいました。みんな普段こういう話を聞かないとのことで、興味津々に聞いてくれたのでつい長々と話し混んでしまったのです。そんな中、私が「安倍首相は最高の総理大臣だよね。安倍さんがいる限り、君たちが就職する頃もきっと景気は良いから就職も簡単だよ」と話すと、「えっ?安倍首相って良い総理大臣なんですか?」と驚いて聞いてくる女子大生。まあ、予想した通りの反応でした。以下、その後のやり取り。

 

私:どうして安倍さんはダメなの?

女子A:だってテレビでみんな安倍さんひどい人だって言ってますよ。

私:具体的に何がダメなの?

女子A:。。。。えー、わかりません。

女子B:徴兵制とかこわいです。

私:いつ安倍さんが「徴兵制をやる」って言ったの?

女子B:えっ、ニュースで言ってませんでした?

私: それ正確にはマスコミや野党が勝手に言ってただけで、安倍さんは一言も言ってないよ。

大学生一同:えー!!そうなんですか??

 

こうして3人の女子大生の目を開かせることができたことを誇りに思います(笑)。

偽情報/ フェイクニュースが蔓延する世の中、いかに正しい情報を掴むかが益々重要ですね。

最後に「安倍さんが何となく嫌い」という方、下記の動画をご覧になって下さい。
私には日本と日本国民を愛する国士にしか見えないのですが。

 

【DHC】9/6(木) 有本香×安倍晋三 首相×松井一郎 大阪府知事×居島一平【虎ノ門ニュース】
https://www.youtube.com/watch?v=zE5_Xm6RN0w

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。



 

1、今週の質問コーナー

Q1, 56歳にて英語を再勉強します。

Q2, フィリピン人マネジメントのコツ

Q3, ボホール島へ移住予定です。

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

フィリピンの移民曲のいい加減さ

 

3、今週のセブのレストラン

日本式焼肉レストラン 楽楽

 

4、4、今週買ったもの

セブでアイロン台を購入

 

5、経済&投資

未曾有の自然災害への財政政策

 

 

本編は下記のバックナンバーでお読み下さい。

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