仇敵セブパシからの果たし状




 

2014年の大晦日、刻は夜8時頃。
私はマニラ空港の第3ターミナルに到着した。

さすがに大晦日だけあって、多くの売店やレストランは既に閉まっており
いつもとは異なる、静かで、秩序だった空間がそこにはあった。

ジャカルタからの4時間弱のフライトを終えたばかりの、やや疲労を抱えた体には有難い。

ほとんど待つことなくチェックインを終え、スムーズにセキュリティを通過し、
117番ゲートへ到着した。

常に混沌の渦中にあるマニラ空港においては、まさに奇跡だ。



 

しかし、搭乗ゲートに到着した刹那、突然、私のアンテナが何かを察知した。
それは、怒りや怨念や憎悪のみが発することのできる、強烈な負の波動だった。

その発信源は、隣の118番ゲートの待合エリアだった。

ぐったりと疲れ切った面持ちの搭乗客。
その数、軽く100名を超えていよう。
半数以上は、バカンスを楽しみに来たと思しき欧米人。
根が生えたようにシートに寝転び、起きる気配が感じられない観光客。
疲れよりも、明らかに「諦め」に支配された面々。

そんな中、搭乗ゲート付近に、明らかに異質の空間があった。

飛び交う怒号。
なす術なく立ち尽くす航空会社のスタッフ。
搭乗ゲートは、悠に30名を超す”怒りを抑えることを放棄した”欧米人観光客
に包囲されていた。

 

これは。。。

 

瞬間的に、ある確信が私の頭に浮かんだ。

それは「もしや」などという曖昧なものではなく、くっきりと形を帯びた「確信」だった。

私は、一番近くにあるフライト状況を知らせる電光掲示板に向かった。

そこには、予想通りの、いや、確信通りの画面が映し出されていた。

 

マニラ空港 ボラカイ遅延

 

ボラカイ行きの飛行機が全然飛んでいない。
(Kalibo=ボラカイ行き)

 

それは、Delayedとは名ばかりの、数便の「欠航」を告げていた。

約1時間後、マニラのホテルに搬送される悲哀に満ちた搭乗客の群れが、
空港を縦断していった。

カウントダウンをボラカイ島で過ごそうという淡い願望は、「平常運転」のフィリピン航空とセブパシフィック航空により、脆くも打ち砕かれたのである。

 

悲劇だ。

 

災難としか言いようがない。

 

彼等の気持ちが、手に取るように伝わってくる。

彼等の無念が、我がことのように胸の中を突き上げてくる。

 

 

そう、7年前、私もあの怒号の中にいたのだ。

 

 

それが世界最悪最凶エアライン、セブパシとの戦いの幕開けだったのだ。

 

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日本とは言語も文化も全く異なる別世界のフィリピン。セブ在住5年の筆者が、セブ島での生活とビジネスをリアルに語ります。嘘&誇張一切なし。ガチで書いてます。


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