アジア紀行 アジア最後の秘境 ミャンマー




 

最近、ミャンマーという国の名を耳にすることが、急激に増えたように思います。

相変わらずの政情不安を伝えるニュース以外にも、観光やビジネスについての情報発信が格段に増えています。

先日も、ミャンマー旅行に行ってきた、という日本人カップルに出会いました。

ということで、今日から3回に分けて、ミャンマー旅行について書いてみようと思います。

 

実は、私、2011年9月に、ヤンゴンに3泊したことがあるのです。

 

まずは、ミャンマーという国について。

場所

ミャンマー 地図

タイとバングラデシュの間です。
この地図の左側はインドです。

 

旧国名は、ビルマ
首都はネビドー、但し最大の都市はヤンゴン
人口は、約5,300万人
一般的なミャンマー人の平均給与は、月額5,000円~8,000円程度だそうです。

 

つまり、「豊富で超安価な労働力」を求めて、最近外資の進出が著しいのです。



そして、意外と知られていない日本との関係。

実は、ミャンマー(ビルマ)はイギリスの植民地でした。

そして、このイギリスを追い出したのが、ミャンマー軍と共に戦った日本軍だったのです。

私が子供の頃には、「ビルマの竪琴」という映画がありました。
ビルマにおける日本軍の様子を描いた映画です。

ビルマの竪琴

そう、ミャンマーは、私の第二の故郷”イギリス”とも非常に深い関係があったのです。

例えば、イギリスの最初の石油会社は、当時のビルマに作られました。
その名は、Burmah Oil (バーマー オイル)

MBAでも、Burmah Oil Caseというケース・スタディを勉強した記憶があります。
内容は、全然覚えてませんが、Corporate Financeの授業でした。。。

 

更に、ビルマで最も有名なのは、アウン・サン・スーチー女史ではないでしょうか?

アウンサンスーチー

ビルマ建国の父 アウンサン将軍の娘。
軍事政権下において、長期間、自宅軟禁されていました。
1991年には、ノーベル平和賞受賞。

実は、この方、英国オックスフォード大学卒業で、
旦那さんもイギリス人なんです。。。

ということもあって、非常に綺麗な英語を話します。

 

スミマセン、前置きが長くなりました。

当時の旅程です。
バンコク経由です。
成田からバンコクまではJAL、バンコクからヤンゴンまではタイ航空を使いました。

 

往路
JAL 11:00-15:35 成田-バンコク
TG 17:50-18:45 バンコク-ヤンゴン
復路
TG 9:50-11:45 ヤンゴン-バンコク
JAL 8:10-16:25 バンコク-成田

 

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