週刊セブ島留学&起業日記(第14回)




 

前回からの続き(私の日本時代を綴ります)。

 

実は私が以前働いていた会社には、数人の外国人社員がいた。アメリカ人、スコットランド人、イタリア人。そして、英語が話せる社員も多数。更に、クライアントも外資系やや多め。何故か「英語縛り」の会議に巻き込まれることもしばしば。CCに英語のメールが入ってくることなど日常茶飯事。

 

一方、私生活においても、なぜか英語が話せる友人ばかり。中には帰国子女もいたが、基本的には皆、社会人になってから必要に駆られて英語を習得したタイプ。飲み会とかやってると、「あれ、こいつも英語話せる」「あいつ、そういえば去年までアメリカにいたよな」とか、もうどこに行っても「英語攻め」に遭っていた。いま思い返してみると恵まれた環境に見えるが、当時は拷問以外の何物でもなかった。

 

さて、ポイントはこの状況をどう捉えるか。一般的には、「英語はただのツール」、「英語ができても仕事ができなければ意味はない」と言う人は決して少ないくないと思う。もしかすると、多数派かもしれない。私もこのように受け止めて、「英語から距離を置く」という選択肢も勿論あったのだが、私の場合、少々事情が違った。というのも、私の周りにいたのは、

 

英語もできて、仕事もすごくできる人たち

 

もうこうなると、言い訳すらできなくなる。彼らの大半はやはり「非帰国子女」であり、業務上の必要に駆られて英語を習得した方々。決して発音は格好良くなくても、ビジネスにおいて十分にコミュニケーションを成立させることができる。そして、英語のネイティブ・スピーカーも、日本人に対してネイティブのような英語を求めることはしない。彼らが求めるのは、中身。英語で言うと、substance。しっかりとした内容を、はっきりと伝えることができれば尊敬を勝ち取ることだって難しいことではない。そして、不運にも(幸運にも?)それができる日本人ビジネスマンに、私は何人も出逢ってしまったのだ。

 

ヤバい、と思った。

猛烈な劣等感が全身を覆った。

 

そして、さらに私に追い討ちを掛けたのが「海外コンプレックス」。当時から、私は頻繁に海外旅行には出掛けていたが、それはあくまでも旅行。「海外に住むこと」と「海外旅行することは」は、全くの別物なのだ。次元が違うと言っても過言ではない(いまだから言えますが)。そして、私の周囲にいた英語スピーカーの方々は、ほぼ皆さん、海外在住経験を有していた。そして彼らとの会話でちょいちょい顔を出す「海外経験談」は、私にとって非常に興味深いものだった。彼ら自身が何割増しにも魅力的に見えたものだ。海外在住経験者や外国人との輪に加わった時に、感じた疎外感。

 

みんなが当たり前に経験していることを自分は経験していない。

 

こうした事実に「真正面から」向き合うようになったのが、30代中盤。そして、30代中盤などまだまだ若造。何だってできる。いまなら十分に間に合う。そこで、この「英語劣等感」「海外コンプレックス」を克服するために思いついたのが、

 

一番厳しい環境に身を置くこと。

 

自分では当時気付いていなかったが、今になって自分が「かなりのドM」だということを思い知らされる。そして、当時見つけた「一番厳しい環境」こそ、

 

海外MBA(経営学修士号) ~ すべて英語の環境で修士号を取る
そこで英語をマスターし、同時に海外在住経験も積む

 

こうして、当時37歳の2007年の6月から半年間、私は徹底的に英語を勉強した。大学受験以来の英語の勉強、しかも激務の仕事と格闘しながらの苦闘であった。

 

まず、誤解無きよう書いておくが、私の仕事は非常にやり甲斐のあるものだった。そして、私に本当に多くのことを与えてくれた。32歳で転職してからの10年間馬車馬のように働いた経験は、いまでも人生最大の財産だと思っている。しかし、30代も後半にさし掛かるにつれ、仕事が面白くなくなっていったのだ。その理由は、

 

大概のことはできた、から。
もっと正確に言えば、「本気でやれば」大概のことはできた、ということだ。

 

以前書いた通り、私がやっていたプロジェクト・マネジメントという仕事は非常に難度の高いものだった。常に、ソリューションの提供を求められ、自分ではプロマネ(PM)と自分を呼んでいたが、クライアントからは「コンサルさん」と言われることの方が多かったように思う。また、私は会社の要職にもあったので、社内のマネジメントという、これまた非常に高度な仕事と常に対峙していた。

 

それでも、「本気モード」のスイッチを自分に入れれば、概ね上手くやってのけることができた。しかし一方で、「本気モード」のスイッチを常に入れ続けることは簡単なことではなかった。むしろ、それは辛く厳しいことだった。更に、ビジネスのデジタル・インフラが充実するにつれ、どこでもいつでも仕事ができるようになると、24時間365日、逃げ場が無くなっていきた。そうすると、「本気モード」のスイッチを入れなければいけない時間が、どんどん長くなっていったのだ。どんどん疲れ、疲弊し、消耗していった。いつしか、これをずっと続けるのはキツイな、と思うようになったのは決して不思議なことではない。

 

一方で、仕事は残念ながら楽しいことばかりではない、ということも十分に知っていた。極端な話、90%辛くても10%のキラキラ輝く瞬間を体験することができれば、私は頑張れた。そして、その過程で多くのことを学ぶこともできた。しかし、次第にその10%の充実感も得られなくなっていったのだ。

 

というのも、大体のことが「読める」ようになっていたのである。
語弊を恐れずに言えば、先が読めた。
要は、(仕事上)他人が考えることが大体分かるようになったのだ。

 

社会に出ると、上司や先輩の背中を見ながら、時には上司に教えてもらい、時には先輩のスキルを盗んで、自分のスキルを上げていく。また、クライアントとがっぷり四つに組んで、逃げずに付き合うことで強固な人間関係を築くことができる。そこから多くを学ぶことができる

 

考えてみて欲しい、大卒であろうと高卒であろうと、社会に出て約20年間、ほぼ同じ環境でずっとこれを繰り返していれば、大体のことができるようになる方が普通なのだ。私は正直、何歳になっても上司に怒られている人を見て、不思議でならなかった。私たちの世代は、学校を卒業し約20年間もの間、上司と先輩の後を追いかけてきたのだ。

 

20年。20年って途方もなく長い時間だ。20年も年上の人たちと付き合っていれば、彼らがどういう思考回路で考え、どういう癖があり、何が好きで何が嫌いかなんて、理解できない方がおかしいと思う。だから、私はこの章の冒頭で語弊を恐れず、「大概のことはできた」と書いたのである。そう、それは相手が考えることが大体読めたからだ。

 

そうなると、仕事は楽になるが、面白くはなくなってくる。刺激が足りなくなる。新しい発見とか、あっと言わされることが極端に減っていき、次第に仕事が面白くなってしまう。

 

私は自他共に認める仕事人間だ。ワーカホリックと言っても良い。人生において仕事と向き合う時間の占める割合は非常に多く、仕事こそ自分に多くを与えてくれるものと信じている。実際に、私は仕事を通して、本当に本当に多くのことを学んできた。そんな私にとって、「仕事がつまらない」というのは危機的な状況だった。だから、辞めようと思った。人生のターニング・ポイントと決めた40歳までに会社を辞めようと決心した。そして、これまで付き合ったことのないタイプの方々と仕事をしたいと思った。

 

まずは、外国人。そして、それまで仕え学んできた「年上の方」からは卒業して、若くてセンスの良い「年下の人」から学ぼうと決心した。これは本当のことだ。後付けの理論ではない。いつしか、私は年下から学ぶことに抵抗を感じなくなっていた。これは、Facebook等のソーシャルの力によるものかもしれないし、実際に前職時代に年下の後輩・部下から「なるほど」と度々思わされた経験によるものかもしれない。

 

随分長々と、しつこく書いてしまったのでここで少し整理したい。

 

徹底的に仕事と向きあうことで、いつしか仕事に充実感を覚えなくなった
(これをステージのクリアと呼ぶのか)

・20年間背中を追ってきた年上から 年下へのシフトを思い立った

・仕事は人生で最も大切なものの一つ
仕事から学び続けるために、これまでとは全く異なる環境に自分を置きたい

 

そして決断したのが、MBA留学 → 海外移住だったのだ。

 

MBA留学のため日本を出た2012年8月時点で、当面は日本に帰るつもりはなかった。そして、これを書いている2018年9月現在、私はフィリピンのセブ島にいる。

 

次回へ続く。

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。



 

1、今週の質問コーナー

Q1, 初のフィリピン留学、失敗しました。

Q2, フィリピン生活 時には譲ることも必要?

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

フィリピンの工事の酷さとトロさ

 

3、今週のセブのレストラン

セブ・ホワイトサンズ Room 801

 

4、今週買ったもの

『カリフォルニア産 生クルミ LHP (無添加 無塩) 1kg チャック袋入り アシストフード』

 

5、筋トレ

1ヶ月半で15キロ痩せた女子高生の話

 

5、経済&投資

自民党総裁で馬鹿が露見した石破と進次郎

 

 

本編は下記のバックナンバーでお読み下さい。

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