日本とフィリピンの絆 激戦地レイテ島に思いを寄せて

 

先日、私の知人がレイテ島を訪れました。

大東亜戦争において、日本軍とアメリカ軍の激戦地となったレイテ島の戦跡巡りの旅です。

その時の様子をまとめた動画、まずは是非ご覧下さい。

 

 

 

まずは、レイテ島のロケーション。

実は、セブの隣の島なのです。

飛行機なら、たった45分で到着する近さです。

そのため、フィリピン第2の都市であるセブでは、レイテからの多くの出稼ぎ労働者が生活しています。

 

動画を観ると、レイテの至るところに戦没者供養塔や慰霊碑が残っていることに驚かされます。

なんと、ここフィリピンに「漢字」で書かれた慰霊碑が数多くあるのです。

 

大東亜戦争においては、50万人の日本兵がフィリピンで戦死されたと伝えられています。

そして、尊い命を失った英霊(日本兵)を、なんと地元のフィリピン人の方々が長い間守ってくれているのです。

 

 

合掌。

 

 

私は歴史修正主義者でもなければ、戦争を美化する人間でもありません。

正しい歴史を学んだ者として、フィリピンの人々に感謝の気持ちを抱くと共に、亡くなった日本兵への尊敬と感謝の念を忘れるべきではない。

ただ、このことを言いたいだけです。

 

 

勿論、人によって事実の受け止め方が異なるのも致し方ありません。

日本軍を非難する人も中にはいることでしょう。

 

 

しかし、多くのフィリピン人が戦後73年経つ今でも、日本軍の慰霊碑を守り続けているのです。

今回、レイテの地を踏んだ(私たちの代表)二人は、地元の方々から暖かい歓待を受けたそうです。

自宅に招かれ、食事をご馳走になったそうです。

そして、そのお礼にチップを渡そうとしても、誰一人としてチップを受け取ってくれなかったそうです。

 

 

二人が、私たちが教科書で教わったような「残虐の限りを尽くす悪魔のような日本兵」の末裔であったとしたら、誰がこのように暖かく迎えてくれたでしょうか?

 

 

大東亜戦争では、フィリピンは不幸にも戦場(シアター)となってしまったのです。

なんと180万ものフィリピン人が命を失いました。

しかし、その大半はアメリカ軍による無差別爆弾投下による犠牲者という説が有力です。

 

 

私はここで、いまになってアメリカ軍を非難するつもりはありません。

彼らも当時は生き抜くために必死だったんのです。

 

 

しかし、アメリカの占領下にあったフィリピンから米軍を追い出し、フィリピンを独立させたのは日本なのです(勿論、フィリピン人の努力あってのことです)。

そう考えると、今回2人が経験した厚遇がす〜っと理解できると思うのですが、皆さんはどう思いますか?

 

 

今回の2人の行動に、自分を恥じました。

セブに住んで4年半、いまだレイテの地を踏んでいない自分を恥じました。

 

 

このブログでは、フィリピン人の悪口ばかりを書いていますが(今後も書き続けますが笑)、この国に住み続けられるのは、フィリピン人の根底にある「親日」の想いのお陰であることは疑いのない事実なのです。

 

 

日本とフィリピンのつながりについては、肯定派と否定派に別れますが、私は自分の経験から断固として肯定派の立場をとります。

 

 

 

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日本とは言語も文化も全く異なる別世界のフィリピン。セブ在住5年の筆者が、セブ島での生活とビジネスをリアルに語ります。嘘&誇張一切なし。ガチで書いてます。


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