週刊セブ島留学&起業日記(第16回)




 

まずは告知です。セブ英語倶楽部の共同経営者のHikkyの一時帰国に合わせて、東京で「留学説明会」を開催します。興味のある方は是非ご参加下さい。

 

日程は、10月28日(日)
場所は、神田、セブ英語倶楽部 東京事務所です。

 

詳細は、下記にて。
https://goo.gl/dySnL9

 

 

今週は日本人のノーベル賞受賞というビッグニュースが飛びこんできましたね。京都大学の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授がノーベル生理学・医学賞を受賞されたのです。

 

ノーベル賞受賞 基礎研究への支援充実を
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/455261/

 

ところで皆さん、日本人のノーベル賞受賞者数をご存知ですか?

 

なんと合計で26名もいるのです。

 

「なんちゃってノーベル賞」と言われる平和賞と文学賞を除外しても23名もいます(だって、平和賞と文学賞って客観的な基準での選出ではありませんから。むしろ、選出の背景に政治的思惑すら感じます)。下記が受賞者の一覧です。

 

1. 1949年 湯川秀樹(ゆかわ・ひでき) 物理学賞
2. 1965年 朝永振一郎(ともなが・しんいちろう) 物理学賞
3. 1968年 川端康成(かわばた・やすなり) 文学賞
4. 1973年 江崎玲於奈(えさき・れおな) 物理学賞
5. 1974年 佐藤栄作(さとう・えいさく) 平和賞
6. 1981年 福井謙一(ふくい・けんいち) 化学賞
7. 1987年利根川進(とねがわ・すすむ) 医学生理学賞
8. 1994年 大江健三郎(おおえ・けんざぶろう) 文学賞
9. 2000年 白川英樹(しらかわ・ひでき)化学賞
10. 2001年 野依良治(のより・りょうじ) 化学賞寄与
11. 2002年 小柴昌俊(こしば・まさとし) 物理学賞
12. 2002年 田中耕一(たなか・こういち) 化学賞
13. 2008年 南部陽一郎(なんぶ・よういちろう) 物理学賞
14. 2008年 小林誠(こばやし・まこと) 物理学賞
15. 2008年 益川敏英(ますかわ・としひで) 物理学賞
16. 2008年 下村脩(しもむら・おさむ) 化学賞
17. 2010年 鈴木章(すずき・あきら) 化学賞
18. 2010年 根岸英一(ねぎし・えいいち) 化学賞
19. 2012年 山中伸弥(やまなか・しんや) 医学・生理学賞
20. 2014年 赤崎勇(あかさき・いさむ) 物理学賞
21. 2014年 天野浩(あまの・ひろし) 物理学賞
22. 2014年 中村修二(なかむら・しゅうじ) 物理学賞
23. 2015年 梶田隆章(かじた・たかあき) 物理学賞
24. 2015年 大村智(おおむら・さとし) 生理学・医学賞
25. 2016年 大隅良典(おおすみ・よしのり) 生理学・医学賞
26. 2018年 本庶佑(ほんじょ・たすく) 生理学・医学賞

Source: http://uguisu.skr.jp/recollection/noberu.html

 

最近ではノーベル賞の受賞についてすら、いちゃもんを付ける輩がいますが、受賞者の成し遂げた業績は控えめに言っても「とんでもない偉業」ですよね。その人類への貢献度といったら半端ありません。

 

一方で、国別の受賞者数を見てみましょう(2017年まで)。

 

1. アメリカ 265人
2. イギリス 84人
3. ドイツ 81人
4. フランス 51人
5. ロシア 34人
6. スウェーデン 29人
7. 日本 25人
8. オランダ 18人
9. イタリア 17人
10. スイス 17人

Source: https://xn--p8jjyp8b9p.com/nobelprize-country-ranking

 

さすが、アメリカですね。ここでも、アメリカのジャイアンぶりが嫌でも目につきます(腐ってもアメリカですね笑)。そして、日本は堂々の7位です。また、この順位に驚くと共に、皆さん何かに気がつきませんか?

 

そうです、日本以外は全て欧米諸国なのです。
もっと、分かりやすく言うと、

 

Top10に入っている「有色人種の国」は日本だけなのです。

 

更に、受賞者数を21世紀に絞ってみましょう。Top10ランキングはガラリとその様相を変えます(2016年まで)。

 

1. アメリカ 75人
2. イギリス 19人
3. 日本 17人
4. ドイツ 8人
5. フランス 7人
6. イスラエル6人
7. ロシア 5人
8. カナダ4人
9. オーストラリア 4人
10. スウェーデン 3人

Source: http://livedoor.blogimg.jp/otonarisoku/imgs/0/f/0fe9c9a0.jpg

 

日本はなんと3位です!
しかも、2位イギリスに肉薄しています。

そしてここでも、

 

Top10に入っている「有色人種の国」は日本だけなのです。

 

参考までに、

 

中国は3人ですが、平和賞と文学賞が1人ずつなので実質1人。
韓国に至っては、平和賞の受賞1人に留まっています(つまり、実質ゼロ)。

 

その他、アジア諸国を見てみると、

 

インド5名(しかし、自然化学系は1名のみ)
バングラディシュ2名(いずれも平和賞)
ミャンマー1名(アウンサン・スーチーの平和賞)
ベトナム1名(平和賞)

 

スミマセン、長い前置きでした。今日、私が書きたいこと。それは「日本人は凄いんだ」ということなんです。安倍政権が誕生するまでの約20年間、日本はデフレによる苦境に喘いでいました。いわゆる「失われた20年」というやつです。

 

セブ英語倶楽部で英語を教えていると、「私、自分に自信がないんです」といった弱気な発言をされる人は少なくありません。留学の問い合わせ時点でも「私なんかに英語ができるようになるでしょうか?」という何ともネガティブな言葉に出喰わすこともあります。こうした後ろ向き発言を挙げたらキリがありません。

 

『もう歳なんですが、(英語)できるでしょうか?』
『高校時代、とにかく一番英語が苦手だったんですけど、大丈夫ですかね?』

 

私はいつも「やればできます」的な返事をしています。それは「営業トーク」ではなく、やればできると本気で思っているからです。しかし、今日はこのメルマガの場を借りて違う言葉を皆さんにおかけしたいと思います。

 

やれば絶対できます!
だって、日本人ですから!!

 

もう、これ以上私に言わせないで下さい(笑)。

 

日本人、本当に優秀なんですよ。約6年海外に住む私が言うのですから、間違いありません。フィリピンのみなならず、イギリスにいた頃だっていつも「日本ってすごい国だな」「日本人、やばいわ」と思って生活していました。

 

数ヶ月前のサッカーのW杯を思い出して下さい。サッカーと言えば、欧州と南米のお家芸ですが、それ以外の地域の国で1カ国だけ決勝トーナメントに進出した国がありましたよね。そうです、我が日本です。欧州では、日本の活躍は驚きを持って報じられていました。

 

オリンピックでも、ヨーロッパのサッカーでも、アメリカのメジャーリーグでも、ゴルフでも、テニスでも、モータースポーツでも、必ずと言っていいほど、どの分野でも活躍する日本人選手がいます。

 

「失われた20年」で相対的地位を下げたと言っても、日本企業の存在感はいまだ健在です。トヨタは世界最大の車メーカーです。世界中、どこにいっても日本製品で溢れています。「和食」は既にブランドであり、ラーメンは世界を席巻しています。日本のアニメについてはもう説明の必要もありませんね。

 

私が住むセブは、日本の存在無しにはおそらく「成立」しえません。セブの空港は日本のODAによるものです。マクタン島とセブを結ぶ二つの橋は、これまたいずれも日本のODAによるものです。セブからこの3つのインフラが消えたら、セブは熱帯のどこにでもある「未開の地」に戻ってしまうでしょう。これ本当です。

 

もう一度、言います。日本ってすごいんです。日本人って優秀なんです。ロクに海外を知らない、英語もまともに話せない頭デッカチの奴に限って、偉そうに日本のことを批判しますが、そんな奴の言うことを聞く必要はありません。本当に不思議なのですが、日本人の悪口を言うのって日本人だけなんですよね。

 

自信を持って下さい。
やればできます。
だって、日本人ですから!

 

迷いが吹っ切れたら、いつでもお気軽にご連絡下さい。セブでお待ちしております。

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。

 




 

1、今週の質問コーナー

Q1, 75歳の挑戦

Q2, ミンダナオのAさんがフィリピン移住を決めた理由

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

並ばないフィリピン人と注意しないフィリピン人

 

3、今週のセブのレストラン

今週はお休み

 

4、今週買ったもの

(テスラ) TESLA オールシーズン スポーツタイツ [UVカット・吸汗速乾] コンプレッションウェア パワーストレッチ
https://amzn.to/2y1jEna

 

5、筋トレ

セブでプロテインを購入するなら。

 

6、経済&投資

日本No1の国際政治学者とは?

 

 

本編は下記のバックナンバーでお読み下さい。

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週刊セブ島留学&起業日記(第15回)




 

・・・前回からの続き(私の日本時代を綴ります)・・・

 

最初に大前提を書きます。日本最高です、日本大好きです。こんなに素晴らしい国はありません。しかし、

 

40年も住めば、少しは飽きます。

実にシンプルです。

 

私は千葉県出身。大学時代は自宅から都内に通い、大学卒業後はずっと東京に住んでいました。期間にして20年くらい、東京に首までどっぷり浸かって生活していました。ですから、世界最大の都市・東京も、大体の場所には行ったことがあります(私の経験上、東京はニューヨークよりも、ロンドンよりも、パリよりも、上海よりも遥かに大きな都市です)。そして、地方都市へも随分行きました。前職時代、大阪には平均週に1回のペースで出張していました。それ以外にも、名古屋や札幌、福岡といった大都市、更には旅館やホテルの仕事もしていた関係で、地方都市や温泉地への出張も頻繁に行ったものです。羽田空港からの飛行機を、それこそ「バス感覚」で使っていました。

 

ですから、休日に日本国内を旅行しても、なんとなく仕事の延長のような気がしてならなったのです。新幹線に乗っても、飛行機に乗っても、次第に「休日感」を感じられなくなっていました。ですから、年3回は海外旅行に出かけるようになりました。年末年始、夏季休暇、そしてゴールデンウィーク。前述したような激務の仕事環境にあったので、海外に出たときの解放感は格別でした。当時、海外にこそ「私の非日常」はあったのです。

 

次第に、3連休があれば近場のアジアへ、1日有給を取って4連休にして東南アジアの観光地やリゾートに足を伸ばすようになりました。そうなると、ますます日本で遊ぶことが物足りなくなっていきます。

 

う~ん、そろそろ日本を離れる頃合いかな。

 

そう考えるようになったのは、至極当然の成り行きでした。これが、私が日本を出ることを決意した3つ目の理由です。

 

もう一度整理してみます。
30代中盤以降、

 

40歳を人生の転機と強く意識していた。
人生の後半半分は、前半とは全く違うことをしたいと思っていた。

 

そして、そんな思想を持った私を3つの危機感が襲った。
その危機感とは、

 

1.英語ができないとやばい。このまま英語ができないと大きな損をするのではないか。

2.仕事が面白くない。大体のことはできる。すっとこれをやるのか。

3.遊んでもいても面白くない。やばい、飽きた…

 

(ここからは常体に変わります)

 

そして、私は2012年の8月に日本を旅立ち、イギリスへの向かうことになった。いまこうして振り返ってみると、何ともたわいの無い理由に見える。仕事が面白くないから会社を辞める、遊んでいても楽しくないから日本を出る。こんなことを言ったら笑われそうだ。現に、私は誰にもこの本音は話さなかった。そして、いまこうして初めて他人に打ち明けている。それでも、当時の私は真剣だった。あと数年、あと数ヶ月すら先延ばしできない程に私は切迫していた。だから、自分の気持ちに素直に従った。言い換えれば、危機感と正面から向き合った。そうしたら、いつの間にか海外に出ていた。最後に私の背中を押したのは、ちょっとした「ノリ」のようなものだ。

 

思い立ったら行動。

 

言い訳が頭に浮かぶ前に行動に移してしまえばいい。人生を楽しんでいる人って、結構こういうタイプの人が多い。そして、当時から私は潜在的にこういう人に憧れていたのかもしれない。そう、大切なのはノリの良さなのだ。失敗したら帰ってくればいい。そしてまたやり直せばいい。失敗は人を強くする。失敗こそ最強の経験値だ。だから、迷わず行動すれば良い。そこにはメリットしかないのだから。

 

さて、海外移住といっても、世界には200を超す国と地域がある。つまり、海外移住と一言で言っても、それこそ無数の形がある。そして、まず決めるべきは、どの国にするのか?どこに移住するか、ということだ。私はイギリスとフィリピンの2か国にしか住んだことがないのだが、その経験を踏まえて、なぜいまセブ島にいるのかについて、順を追って説明したいと思う。

 

私は2012年の8月から2013年の9月まで、14ヵ月の間、イギリスで過ごした。最後の1ヶ月だけロンドンで過ごし、それ以外は私が通った大学のあるサウサンプトンというイングランド南部の中規模都市に住んでいた。もうイギリスは最高だった。住めば住むほど、イギリスがどんどん好きになっていった。大学院卒業後もイギリスに残ることを本気で考えたものだ。そして、セブに住む今でも、いつかイギリスに帰りたいという思いを失ったことはない。さて、一体、イギリスの何がこれだけ私を惹きつけたのか。

 

それは、イギリス人の素晴らしさ。世界一のマナーと親切さだ。

 

日本人は非常にマナーの良い民族だと言われる。私もそう思う。それは、日本人として最も誇りに思うことの一つだ。しかし、イギリス人には負けた、と正直思った。当時、懇意にして頂いた日本人留学生の方も「イギリス人の方が上」と仰っていた。勿論、100%全員という訳ではないが、もうどこに行っても気分が良い。みんな気持ち良く挨拶してくれ、何かあれば必ず目を見てサンキューと言う。バスを降りる時だって、みんな運転手にサンキューと声をかけて出ていくのだ。常に他人に先を譲り、車を運転する人は必ず歩行者を優先する。こちらが横断歩道に到着する前から、車を停めて待っているなんてどこにでもある風景。まさか、横断歩道を渡るだけでこれだけ感心させられるとは思ってもみなかった。

 

とにかく、私はこの「感謝の文化」の虜になった。日本はどちらかと言うと「詫びの文化」かなと思う。何かあれば、すぐに謝る。これはこれで素晴らしいことだ。謝るためには、自分の過ちを認めなければならない。これって、そんなに簡単なことではない。少なくとも、日本の外に出ればそれが分かる。自分の誤りを認めるには「一定レベルの勇気」が必要なのだ。

 

もし、謝ったらそこに付け入られる可能性がある。いま住んでいるフィリピンではそんな空気を感じる。しかし、日本人はしっかり謝る。つまり、謝る勇気がある。逆に言えば、人が謝りやすい文化が日本にはあると言ってもいいのかもしれない。いずれにせよ、謝るべき時に謝ることができること。これが、日本人のマナーが良いと言われる一端なんだと、私は思う。そして、私はこれとは対照的な、対極にあるイギリスの「感謝の文化」に魅せられてしまったのだ。

 

更に、イギリスの自然の美しさは秀逸だ。どこに行っても緑がある。ロンドンの中心にだって緑豊かな巨大な公園があり、リスが追いかけっこしたりしている。公園では、子供と犬が走り回っている。水場では、日本のそれより一周り以上も大きなカモや白鳥がわんさかいる。カルガモの行進なんて、どこだって見られる。私が通う大学内でもカルガモの親子の行進をよく見かけたものだ。彼らは平気で車が走る道路を横切っていく。そんなカルガモの行進が終わるのをじっと待つ運転手を見て、ホンワカした気分になったことを今でも思い出す。

 

それ以外にも、パブのビールが美味しいとか、スーパーで買うステーキが安くて美味しいとか、イギリス英語のリズムが好きとか、プラス面はたくさんあった。しかし、一点、どうしても許容できない点があったのだ。そして、このたった一つのポイントが、私に拒否権を発動したのである。

 

それは、イギリスの天気。

 

イギリスの天気の悪さは、予想した通りに酷いものだった。だから、大きく驚くことは無かったものの、実際に体験してみると私にとっては極めて耐え難いものだった。6月、7月、8月の3ヶ月を除いてはいつもどんより曇っている。グレーでチリーな日々がひたすら続く(イギリス人は、chillyという単語を好んで使います)。2012年の12月は、ほぼ3週間、一度も太陽を見ることがなかった。無理だな、と思った。これ、もう一度やれと言われても厳しいな、と正直思ったものだ。実に単純だが、これが私がイギリスを離れようと思った最大の理由である。天候という要素は非常に大きい。自分の国であれば、受け入れるしかないが、他の国を選ぶのであれば最優先事項の一つだと思う。

 

こうして、常夏のセブ島を私は選んだのです。

 

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。

 




 

1、今週の質問コーナー

Q1, 初めてのフィリピン留学のほろ苦い思い出

Q2, ミンダナオのAさんが英語の勉強を始めた理由

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

日本の役人の無能さ(保険証申請編)

 

3、今週のセブのレストラン

セブ最強のB級グルメ セニョール・ペドロ

 

4、今週買ったもの

 

バンホーテン ピュアココア 200g

 

5、筋トレ

ジムが行かなくてもできるハード・トレーニング
『ブルガリアン・スクワット』

 

6、経済&投資

欧州と中国はやばいよね。。

 

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週刊セブ島留学&起業日記(第14回)




 

前回からの続き(私の日本時代を綴ります)。

 

実は私が以前働いていた会社には、数人の外国人社員がいた。アメリカ人、スコットランド人、イタリア人。そして、英語が話せる社員も多数。更に、クライアントも外資系やや多め。何故か「英語縛り」の会議に巻き込まれることもしばしば。CCに英語のメールが入ってくることなど日常茶飯事。

 

一方、私生活においても、なぜか英語が話せる友人ばかり。中には帰国子女もいたが、基本的には皆、社会人になってから必要に駆られて英語を習得したタイプ。飲み会とかやってると、「あれ、こいつも英語話せる」「あいつ、そういえば去年までアメリカにいたよな」とか、もうどこに行っても「英語攻め」に遭っていた。いま思い返してみると恵まれた環境に見えるが、当時は拷問以外の何物でもなかった。

 

さて、ポイントはこの状況をどう捉えるか。一般的には、「英語はただのツール」、「英語ができても仕事ができなければ意味はない」と言う人は決して少ないくないと思う。もしかすると、多数派かもしれない。私もこのように受け止めて、「英語から距離を置く」という選択肢も勿論あったのだが、私の場合、少々事情が違った。というのも、私の周りにいたのは、

 

英語もできて、仕事もすごくできる人たち

 

もうこうなると、言い訳すらできなくなる。彼らの大半はやはり「非帰国子女」であり、業務上の必要に駆られて英語を習得した方々。決して発音は格好良くなくても、ビジネスにおいて十分にコミュニケーションを成立させることができる。そして、英語のネイティブ・スピーカーも、日本人に対してネイティブのような英語を求めることはしない。彼らが求めるのは、中身。英語で言うと、substance。しっかりとした内容を、はっきりと伝えることができれば尊敬を勝ち取ることだって難しいことではない。そして、不運にも(幸運にも?)それができる日本人ビジネスマンに、私は何人も出逢ってしまったのだ。

 

ヤバい、と思った。

猛烈な劣等感が全身を覆った。

 

そして、さらに私に追い討ちを掛けたのが「海外コンプレックス」。当時から、私は頻繁に海外旅行には出掛けていたが、それはあくまでも旅行。「海外に住むこと」と「海外旅行することは」は、全くの別物なのだ。次元が違うと言っても過言ではない(いまだから言えますが)。そして、私の周囲にいた英語スピーカーの方々は、ほぼ皆さん、海外在住経験を有していた。そして彼らとの会話でちょいちょい顔を出す「海外経験談」は、私にとって非常に興味深いものだった。彼ら自身が何割増しにも魅力的に見えたものだ。海外在住経験者や外国人との輪に加わった時に、感じた疎外感。

 

みんなが当たり前に経験していることを自分は経験していない。

 

こうした事実に「真正面から」向き合うようになったのが、30代中盤。そして、30代中盤などまだまだ若造。何だってできる。いまなら十分に間に合う。そこで、この「英語劣等感」「海外コンプレックス」を克服するために思いついたのが、

 

一番厳しい環境に身を置くこと。

 

自分では当時気付いていなかったが、今になって自分が「かなりのドM」だということを思い知らされる。そして、当時見つけた「一番厳しい環境」こそ、

 

海外MBA(経営学修士号) ~ すべて英語の環境で修士号を取る
そこで英語をマスターし、同時に海外在住経験も積む

 

こうして、当時37歳の2007年の6月から半年間、私は徹底的に英語を勉強した。大学受験以来の英語の勉強、しかも激務の仕事と格闘しながらの苦闘であった。

 

まず、誤解無きよう書いておくが、私の仕事は非常にやり甲斐のあるものだった。そして、私に本当に多くのことを与えてくれた。32歳で転職してからの10年間馬車馬のように働いた経験は、いまでも人生最大の財産だと思っている。しかし、30代も後半にさし掛かるにつれ、仕事が面白くなくなっていったのだ。その理由は、

 

大概のことはできた、から。
もっと正確に言えば、「本気でやれば」大概のことはできた、ということだ。

 

以前書いた通り、私がやっていたプロジェクト・マネジメントという仕事は非常に難度の高いものだった。常に、ソリューションの提供を求められ、自分ではプロマネ(PM)と自分を呼んでいたが、クライアントからは「コンサルさん」と言われることの方が多かったように思う。また、私は会社の要職にもあったので、社内のマネジメントという、これまた非常に高度な仕事と常に対峙していた。

 

それでも、「本気モード」のスイッチを自分に入れれば、概ね上手くやってのけることができた。しかし一方で、「本気モード」のスイッチを常に入れ続けることは簡単なことではなかった。むしろ、それは辛く厳しいことだった。更に、ビジネスのデジタル・インフラが充実するにつれ、どこでもいつでも仕事ができるようになると、24時間365日、逃げ場が無くなっていきた。そうすると、「本気モード」のスイッチを入れなければいけない時間が、どんどん長くなっていったのだ。どんどん疲れ、疲弊し、消耗していった。いつしか、これをずっと続けるのはキツイな、と思うようになったのは決して不思議なことではない。

 

一方で、仕事は残念ながら楽しいことばかりではない、ということも十分に知っていた。極端な話、90%辛くても10%のキラキラ輝く瞬間を体験することができれば、私は頑張れた。そして、その過程で多くのことを学ぶこともできた。しかし、次第にその10%の充実感も得られなくなっていったのだ。

 

というのも、大体のことが「読める」ようになっていたのである。
語弊を恐れずに言えば、先が読めた。
要は、(仕事上)他人が考えることが大体分かるようになったのだ。

 

社会に出ると、上司や先輩の背中を見ながら、時には上司に教えてもらい、時には先輩のスキルを盗んで、自分のスキルを上げていく。また、クライアントとがっぷり四つに組んで、逃げずに付き合うことで強固な人間関係を築くことができる。そこから多くを学ぶことができる

 

考えてみて欲しい、大卒であろうと高卒であろうと、社会に出て約20年間、ほぼ同じ環境でずっとこれを繰り返していれば、大体のことができるようになる方が普通なのだ。私は正直、何歳になっても上司に怒られている人を見て、不思議でならなかった。私たちの世代は、学校を卒業し約20年間もの間、上司と先輩の後を追いかけてきたのだ。

 

20年。20年って途方もなく長い時間だ。20年も年上の人たちと付き合っていれば、彼らがどういう思考回路で考え、どういう癖があり、何が好きで何が嫌いかなんて、理解できない方がおかしいと思う。だから、私はこの章の冒頭で語弊を恐れず、「大概のことはできた」と書いたのである。そう、それは相手が考えることが大体読めたからだ。

 

そうなると、仕事は楽になるが、面白くはなくなってくる。刺激が足りなくなる。新しい発見とか、あっと言わされることが極端に減っていき、次第に仕事が面白くなってしまう。

 

私は自他共に認める仕事人間だ。ワーカホリックと言っても良い。人生において仕事と向き合う時間の占める割合は非常に多く、仕事こそ自分に多くを与えてくれるものと信じている。実際に、私は仕事を通して、本当に本当に多くのことを学んできた。そんな私にとって、「仕事がつまらない」というのは危機的な状況だった。だから、辞めようと思った。人生のターニング・ポイントと決めた40歳までに会社を辞めようと決心した。そして、これまで付き合ったことのないタイプの方々と仕事をしたいと思った。

 

まずは、外国人。そして、それまで仕え学んできた「年上の方」からは卒業して、若くてセンスの良い「年下の人」から学ぼうと決心した。これは本当のことだ。後付けの理論ではない。いつしか、私は年下から学ぶことに抵抗を感じなくなっていた。これは、Facebook等のソーシャルの力によるものかもしれないし、実際に前職時代に年下の後輩・部下から「なるほど」と度々思わされた経験によるものかもしれない。

 

随分長々と、しつこく書いてしまったのでここで少し整理したい。

 

徹底的に仕事と向きあうことで、いつしか仕事に充実感を覚えなくなった
(これをステージのクリアと呼ぶのか)

・20年間背中を追ってきた年上から 年下へのシフトを思い立った

・仕事は人生で最も大切なものの一つ
仕事から学び続けるために、これまでとは全く異なる環境に自分を置きたい

 

そして決断したのが、MBA留学 → 海外移住だったのだ。

 

MBA留学のため日本を出た2012年8月時点で、当面は日本に帰るつもりはなかった。そして、これを書いている2018年9月現在、私はフィリピンのセブ島にいる。

 

次回へ続く。

 

さて、今週の質問コーナーに行きましょう。



 

1、今週の質問コーナー

Q1, 初のフィリピン留学、失敗しました。

Q2, フィリピン生活 時には譲ることも必要?

 

2、フィリピン・ビジネスあるある

フィリピンの工事の酷さとトロさ

 

3、今週のセブのレストラン

セブ・ホワイトサンズ Room 801

 

4、今週買ったもの

『カリフォルニア産 生クルミ LHP (無添加 無塩) 1kg チャック袋入り アシストフード』

 

5、筋トレ

1ヶ月半で15キロ痩せた女子高生の話

 

5、経済&投資

自民党総裁で馬鹿が露見した石破と進次郎

 

 

本編は下記のバックナンバーでお読み下さい。

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